医療の歴史・金

今日のように、病原菌を遺伝子レベルで把握し、ワクチンや抗生物質、薬や手術の開発ができるようになるまでに、それこそ神頼みの時代から長い年月にわたる試行錯誤がありました。

 

前にご紹介した水銀しかり、ヒ素しかり、今の常識では考えられないような医療が有効だと信じられていたケースも過去にはありました。

 

そうした先人たちの悪戦苦闘の積み重ねが、今日の最新医療を成す土台になっているに違いありませんが、それにしてもびっくりを通り越して笑ってしまうような医療がたくさんあります。

 

今回は引き続きそうしたびっくり仰天な医療の歴史をご紹介していきたいと思います。

 

■不老不死の象徴

長い年月を経ても劣化せず永遠の輝きを保ち、鉄などと違って精錬の必要もなく、そして産出が非常に限られる金は、工芸や財宝として人類に利用された最古の貴金属です。

 
金
 

その神秘性は不老不死を想起させるから、金を人体に用いる発想が出てきたのも自然な流れなのかもしれません。

 

3世紀の呉の錬金術師・魏伯陽は

 

「金は腐ることのない不滅の存在。この世でもっとも貴重なものと言える。錬金術師は金を食べて長生きしている」

 

と書き残していますし、

 
金

同時代の晋の道家、葛洪は著書『抱朴子(ほうぼくし)』の中で金を使って練り上げる金丹の服用によってのみ人は永遠の命を得られると説いています。

 

また、本コラムでも紹介した薬学書の古典的名著『本草綱目』には、口や歯茎の痛みには「水に金片を入れて煮込んで黄金水を作り、定期的にうがいすると良い」と記されています。

 

不老不死は人の夢。それを金は叶えてくれるかもしれない。

 

そうした憧憬というか欲望は多くの人を金に夢中にさせたが、結局どうやって体に取り込むのだ?

 

それが問題でした。

 

何千年も前から医師や錬金術師たちによって試されてきたのですが、苛酷な大自然の腐食にも耐えうる強さが備わる金です。

 

経口摂取しても消化されず体内を素通りするだけだったんですね。

 

■王水の発見

西暦800年頃のアラブにおいて、ムスリム科学者のアブー・ムーサー・ジャービル・イブン・ハイヤーンという人物によって「王水」が発見されたらしい。

 
王水
 

「らしい」というのは、彼の歴史性自体には疑問があり、彼が書かれたとされる著作のほとんどはが偽書である可能性があったからです。

 

ここでは深入りしませんが、王水が生まれたのは確かでした。

 

王水とは塩酸と硝酸を3:1の体積比で混ぜ合わせたオレンジの液体で、金を溶かすことができたんですね。

 

それどころか、世界に存在しうるほとんどの金属を溶かすことができました。

 

溶かした金を加工すれば塩化金をつくることができ、水に溶かすことができる。

 

水に溶けるということは、飲めるようになるわけです。

 

これは世紀の大発見でした。

 

16世紀のスイス人医師、パラケルススは、

 

「金を飲めばあらゆる病を治す。心臓も元気になる」と言って売りまわったそうです。

 
パラケルスス
 

ここでも金は「万能薬」のポジションを与えられました。後に金は癇癪や精神疾患にも効くとされました。

 

が、この塩化金、例に漏れず猛毒です。

 

塩化金は皮膚や目への刺激性があり、腎機能障害を引き起こし、発熱、唾液過多、頻尿、そして白血球数の減少をもたらす危険性がありました。

 

金を服用した者たちは、不憫なことに医療発展の人柱になったと言えます。

 

■貴金属だからこそ

とはいえ、そうした人間の数は水銀やヒ素で命を落とした人に比べたら少数だったと思われます。

 

というのも金は貴金属です。

 

産出が限られており、値も張る。だから実際に流通していた量も限られていました。

 

代わって登場したのは金が全く含まれない偽薬でした。

 

詐欺師や藪医者たちは霊薬と称して金入りと偽った薬を法外な値段で売りさばいていたようです。いつの時代も変わりませんね。

 

金が入ってなかったので、結果的に多くの人の健康と命が救われたと言ってもいいかもしれません。

 

金の人気は18世紀に一旦下火を辿ります。

 

薬としてはほぼ無価値であると徐々に理解されるようになったからですが、やがてある病気に対する治療薬として再浮上します。

 

梅毒です。

 
梅毒
 

■金の注射

19世紀に入り、梅毒の治療法の研究が進む中、金が再び注目を集めるようになます。

 

梅毒の治療で一番人気を誇ったのは水銀でしたが、もっと穏やかな薬をということで、塩化ナトリウムと塩化金を組み合わせた製剤を使う医師もいました。

 

これも水銀と同じパターンで、梅毒は一旦発症してからしばらくして長い潜伏期間に入るので、金の製剤も効いているように見えたのです。

 

これが金の再評価に繋がり、金の錠剤、ドロップ、塗り薬などが復活。

 

さらに金は注射すればアルコール依存症の治療に効くまで言われるようになります。

 
注射
 

とはいえ、金の貴金属のポジションだけは変わらないので、金入りと称した偽薬も大いに流行ったわけですが。

 

ちなみに華やかな金に次ぐ二番手のイメージが強い銀も、今日のように工業用途や抗菌剤として使われるまでは体に入れるのが健康にいいとされてきました。

 

感染症予防のために銀は服用されて、過度に摂取した人は銀皮症といって、皮膚が青くなる症状に見舞われていたそうです。

 

■不可欠な工業素材

今日においても金は医療現場で活躍しています。

 

しかしそれは服用という形ではなく、例えば虫歯の被せもの、がんやリウマチ治療で利用されています。

 

金ナノ粒子のがん細胞への取り込まれやすさを利用して、この粒子に薬を仕込んで細胞と結合させれば特定のがん細胞の治療に役立てられるのだとか。

 

しかし最も金が活躍しているのは工業の分野。

 

電気抵抗が小さく、酸化腐食に対する耐性が強く、延びる性質が高いことからCPUなどの素材として。また金メッキは錆びないので、電導体やコネクタの部品としても広く利用されています。

 
CPU
 

ちなみに銀の方が導電性は高いんですが、空気中では表面に硫化物を生成して導電性が低下するため、金のほうがコネクタの材料としては優れているそうです。

 

さらに金は光と電磁波を反射するため、宇宙服のバイザー、人工衛星の保護剤としても用いられています。

 

航空機の窓の防氷・防曇用ヒーターとして薄く引き伸ばした金が使われたり、高温になるエンジン熱からドライバーを保護する目的で、F1マシンのシートやエンジン本体にはシート状の金が貼られています。

 

そう言えば我が福岡にも金があります。

 

「金印」です。

 
金印3
 

後漢の光武帝が倭王である卑弥呼に授けられたとされ、「漢委奴國王」の印文が彫られた純金製の印綬です。

 

当時の日本列島ではまだ文書行政を必要とする官僚組織が見られないことから、印は実用に使われたのではなく、王権の正統性を示す威信財として用いられたのではないかと言われています。

 

有史以来人類を魅了してきた金。富、美、権力をアピールする使い道だけは、数千年経っても変わらないですね。

 

以上、大禅ビル(福岡市 舞鶴 賃貸オフィス)からでした。

 


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