令和から考える時代の生き方

令和となってはや4ヶ月。

 

何か書類を記入する時に「いま、平成何年だっけ?」といちいち頭をひねらなくてもよくなりました。

 

とは言え、書類記入の利便に供することだけが新元号の役割では、いかにも教養の薄っぺらいビジネスマンの考え方です。

 

ここは一つ、今更ですが令和を掘り下げて、我流ではありますがこれからの時代の生き方について思いを巡らしてみたいと思います。

 
令和2
 

■令和の典拠をたどる

典拠をさらってみましょう。

 

日本最古の歌集『万葉集』の巻五、「梅花の歌三十二首并せて序」にある

 

于時初春令月 氣淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香

 

(初春の令月にして気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす)

 

の「令」月、風「和」ぎから引用しています。

 

「時は初春の麗しき令月、空気は美しく、風は和やかで。梅は鏡の前の美人が白粉を装うが如く花を咲かせ、蘭は身を飾る衣に纏う香の如くに薫らせる」

 

という意味です。

 
万葉集
 

日本の古典を出典とする案が元号の候補に登場したことは過去にもあったそうですが、実際にそこから採用された元号は確認される限り初めて。

 

日本の元号は有史以来漢籍が出典でした。

 

令和、語感も字面もシュッとしてかっこいい。

 

爽やかな力強さがありますよね。

 

さて、この万葉集の梅の花の下りについて、既に様々なところで指摘、議論されていますが、

 

それのさらに典拠と目されているのが中国の後漢王朝の詩人・張衡(ちょうこう)の『歸田賦(きでんふ)』という代表作です。

 
張衡4
 

ちなみ「賦」とは漢を代表する文芸の一つで、ちょっと長めの漢詩スタイルです。

 

その中の一節に、

 

「於是仲春令月、時和氣清」

 

(春麗しき令月にて、気候温和、天気晴朗なり)

 

があり、万葉集の梅花の序はここから本歌取りされたのでは?と言われています。

 

といっても、現時点で学術的に証明されたわけではなく、両者の文学上の関係性に対し否定する意見もあるわけですが、

 

それでも素人目に見て、やはりなんとなくゆかりがあるようにを感じられて、切々たる詩情が海と時代を超えて日本に伝わり万葉の世界に芽吹いたかと思うと、

 

ああ、悠久って、もしかしてこういう情感なのかなと、しみじみ感じ入ってしまいます。

 

■張衡ってどんな人?

日本では一般的に知られていませんが、中国では超のつく有名人。

 

歴史の教科書に必ず登場する偉人です。

 

「漢賦四大家」と称される当代一流の文人でもありますが、彼の名を一層有名にしたのは、文学に留まらない「科学者」としての一面なのです。

 

天文学、数学、地理学、地震学、暦学の分野で多岐に亘る功績を残しています。

 

また器械製造に精通する発明家でもあり、オールラウンドな天才でした。

 

彼が発明したとされる器械でも以下の通り:

 

・水力渾天儀(天球を象った模型)

 
渾天儀
 

・水時計

 

・候風儀(風向計)

 

・地動儀(地震感知器)

 
地動儀
 

・指南車(常に南の方向を指し示すコンパス器械)

 
指南車2
 

・計里鼓車(距離計測機)

 
計程車
 

教科書で復元模型を見たことのある方も多いのかもしれません。優れたエンジニアでもあったのです。

 

■『歸田賦』を読んでみましょう

張衡は幼い時から勉学に励み、特に文章を上手く書いたと言います。

 

好奇心の範囲は、彼をして様々な分野に渉猟させますが、一番の軸はやはり詩歌や辞賦だったようで、物静かで人付き合いが淡泊な文学青年でした。

 

才気煥発、されど立身出世の欲は薄く、いくつも官職を得たがなかなか出世しません。

 

筋の通った真面目な役人だったので、宦官の専横で乱れまくっていた当時の政界で相当苦労された形跡があります。

 

皇帝への諫言を宦官に邪魔されたり、それで誹りを受けたり。

 

文学も科学も分かる超優秀な官僚、けれども腐臭を放つ政界のドロドロさがとても苦手。

 

政治の世界に嫌気がさしてさっさと辞めて家に帰りたいのに、なかなか辞めさせてくれない。

 

親近感を覚えるキャラクターですね。

 

なかなか出世しないのもその辺りに原因があるのかもしれません。

 

これを踏まえて『歸田賦』を読んでみましょう。なお訳は我流です。

 
 

【原文】

 

遊都邑以永久,无明略以佐時。

 

徒臨川以羡魚,俟河清乎未期。

 

感蔡子之慷慨,从唐生以決疑。

 

諒天道之微昧,追漁父以同嬉。

 

超埃塵以遐逝,与世事乎長辞。

 

於是仲春令月,時和気清。

 

原隰郁茂,百草滋荣。

 

王雎鼓翼,倉庚哀鳴。

 

交頚頡頏,関関嚶嚶。

 

于焉逍遥,聊以娯情。

 

爾乃龍吟方澤,虎嘯山丘。

 

仰飛繊繳,俯釣長流。

 

触矢而斃,貪餌吞鈎。

 

落云間之逸禽,懸渊沉之鯊鰡。

 

于時曜霊俄景,継以望舒。

 

極般遊之至楽,雖日夕而忘劬。

 

感老氏之遺誡,将回駕乎蓬盧。

 

弾五弦之妙指,咏周、孔之図書。

 

揮翰墨以奮藻,陳三皇之軌模。

 

苟縦心於物外,安知荣辱之所如。

 
 

【書き下し文】

 

都邑(といふ) に遊んで以て永久なるも、

 

明略を以て時を佐(たす)くるなく、

 

徒(いたづら)に川に臨んで魚を羨み、

 

河の清(す) まんことを侯(ま) てども未だ期(き)あらず。

 
 

察子(さいし)の慷慨 (こうがい)に感じ、

 

唐生(とうせい)に従って以て疑を決す。

 

諒(まこと)に天道の微味(びまい)なる、

 

漁父(ぎょほ)を追いて以て嬉(たのしみ)を同うし、

 

埃塵(あいじん)を超えて以て遐(とお)く逝き、

 

世事(せいじ)と長く辞す。

 
 

是(ここ)に於て仲春令月、

 

時(とき)和(わ)し気清(す)み、

 

原隰(げんしょう)鬱茂(うつも)し、

 

百草(そう) 滋栄 (じえい)し、

 

王唯(おうしよ)翼を鼓し、

 

倉庚(そうこう)哀しみ鳴き、

 

頚(くび)を交えて頡頏(けっこう)し、

 

關關 (かんかん) 嚶嚶(あうあう)たり。

 

焉(ここ)に於て逍遥して聊(いささ)か以て、

 

情を娯(たのし)ましむ。

 
 

爾(しか)して乃(すなは)ち龍のごとく方澤(ほうたく)に吟じ、

 

虎のごとく山丘に嘯き、

 

仰いで繊激(せんしゃく)を飛ばし、

 

依(ふ)して長流に釣る。

 

矢に触れて斃れ、

 

餌を貪りて釣(つりばり)を呑む。

 

雲間の逸禽(いつきん)を落とし、

 

淵沈(えんちん)の鯊鰡(さりゅう)を懸 (か) く。

 
 

時に曜霊(ようれい) 景(かげ)を俄(かたむ)け、

 

継ぐ望舒(ぼうじょ)を以てす。

 

盤遊(ばんゆう) の至楽(しらく)を極め、

 

日タ (ひゆうべ)なりと難も劬(つか)るを忘る。

 

老氏の遺誡に感じ、

 

将に駕(が)を蓬蔵(ほうろ)に廻らさんとす。

 

五弦の妙指(みょうし)を弾じ、

 

周孔(しゅうこう)の図書を詠じ、

 

翰墨(かんばく)を揮いて以て藻(そう)を奮い、

 

三皇の軌模(きぼ)を陳 (の)ぶ。

 

苟も心を域外に縦(ほしいまま)にせば、

 

安んぞ栄辱の如(ゆ)く所を知らんや。

 
 

【訳文】

 

洛陽で宮仕えして久しいけれども、

 

王様を補佐する才能は自分にはなかった。

 

川辺で魚の旨さを欲しがるばかりで私には何もできない。

 

濁った黄河の水がきれいに澄むような

 

よい政治に変わるのはいつのことになるか、見当もつかない。

 

その昔、かの秦の名宰相・蔡沢でさえ志が叶わず手

 

相師の唐挙の占いに賭けて迷いを晴らしていた。

 

全く人の運命とは捉え難い。

 

漁夫を探し求めて共に山河の間を遊びたいものだ。

 

この腐った世界から抜け出して

 

世の中の一切の俗事と縁を断ち切りたい。

 
 

時はまさに仲春の二月、

 

気候は温和にして天気晴朗なり。

 

高原と低地、木の葉は茂り、草は萌ゆる。

 

みさごは雄々しく羽ばたき、

 

鶯は切なげにさえずる。

 

首をすりよせて上下に飛び交い、

 

伴侶を求めて呼び交わす。

 

野原を包む春の柔らかな光の中を気ままにゆけば、

 

どこまでも心は楽しさで弾んでゆくのだ。

 
 

だから私は大きな沢で龍の鳴くように吟じ、

 

丘で虎の吠えるように叫んでやった。

 

仰いで細い矢を空に放ち、

 

俯し見ては川の流れに釣り糸を垂らす。

 

飛ぶ鳥は矢に当たって斃れ、

 

魚は餌を貪って針を呑む。

 

かくて雲の間を飛ぶ雁も射落とされ、
 

深い淵にひそむイサザやボラも釣り上げられるのだ。

 
 

いつしか夕日が西に沈み、

 

照り輝く明月がさし昇る。

 

徹底的に遊び尽くしてやった。

 

それでも全く微塵も疲れを感じない夜なのだ。

 

老子の戒めを思い出して

 

そろそろ馬車を駆って草蘆に戻るとするか。

 

琴の調べを美しく奏で、

 

周公・孔子の書を口遊む。

 

筆を走らせては詩文を綴り、

 

三皇ら古代聖賢の教えなぞを書き記してみる。

 

世間の外に身を置きさえすれば、

 

どうして栄辱を気にすることがあろうか!

 

どうでもよいことなのだ。

 

■苦悩する官僚

この賦を読んで、どんな印象を抱くでしょうか?

 

私は初めて読んだ時、一つの感想しか思い浮かびませんでした。

 

「この人、うつ病だよね」

 

と。

 
うつ病
 

本当に素直に、そう思ってしまいました笑。

 

職場と世の中への愚痴に始まり、ああ、早く辞めたい、早く逃げたい!

 

と来て、唐突にのどかな田園の描写が始まります。

 

これは明らかに張衡の妄想ですね。

 

喉から手が出るほど欲しがっている悠々自適な田舎ライフのイメージそのものです。

 
田舎2
 

龍や虎が鳴くように大声で叫ぶ・・・心配です。

 

大丈夫でしょうか。世が世なら通報されかねない不審な行動です。

 

そして何を叫びたいのでしょうか?

 

上司への罵詈雑言か?

 

しがらみから解放された清々しい気持ちか?

 

いずれにしろ大声で叫びたい気持ちが痛いほどに伝わってきます。

 

動物のように大声を出してみる、感情を爆発させてみる。ストレス解消の基本と言えます。

 

そして、狩りで射止めた雁やら魚やらの死をわざわざ描写する下り。

 

病んでますね・・・。

 

人は病んでいる時に破壊衝動にとらわれることがあります。

 

イライラして無意味に蟻を踏み殺すようなプチ殺生を実行してしまう人と同じ匂いをビンビン感じます。

 

これはもう、かなりダークサイドに陥ってしまっていると言わざるを得ません。

 

既に決壊ギリギリの精神状態、今すぐカウンセリングの予約をすべき案件です。

 

そしてさらに、外で遊びまくっても疲れず、うちに帰っても楽しみの続き。

 

遊びたい!もっと遊びたい!

 

そんな叫びにも似た欲が伝わっていきます。

 

よほどブラックな職場だったのでしょう。一刻も早く辞めた方がいいですね。

 

■令和時代の生き方とは?

パワハラ、陰口、ダメ上司。

 

ウェットな政治の世界に張衡はそもそも肌が合わなかったでしょうね。

 

今でもよく聞くし、よくあることです。

 

自身の適性と環境のねじれは私も経験していますので、彼の苦悩は手に取るようにわかります。

 

想像するに彼は心をすり減らし、とうとううつになってしまったのでしょう。

 

一日も早くこの息詰まった職場にさよならして、誰にも何にも束縛されない自然豊かな田舎で自由気ままに遊んで暮らしたい。

 

現状への愚痴と切実な思い、けれども叶わぬ妄想を歌った宮仕えの哀歌、それが私が読み取った『歸田賦』―田舎に帰りた過ぎる公務員の心です。

 

今は昔と違って、選択肢も生き方も多様です。

 

嫌な職場なんて一刻も早く辞めて、苦手な人間関係も無理して付き合わずに、自分のエネルギーをフルリリースできることを、好きな人たちと楽しくやった方が最も価値を出せる時代。

 

2000年前から令和時代に届く男の願いから私たちが生かせるものがあるとすれば、ほかの誰かではなく、自分の人生を生きる意思でしょう。

 

以上、大禅ビル(福岡市 赤坂 賃貸オフィス)不動産研究室からお送りしました。

 
挑戦2
 


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